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 2017年11月19日(日) 00:50 JST

  • 2010年1月 6日(水) 15:31 JST
  • 投稿者:
    Miyukiya

生まれは、新宮市徐福・・・保育園は田鶴原保育園で幼稚園は蓬莱小学校・・・小学校は千穂小学校、中学は矢渕中学校・・・高校は熊野高専。

人生の中で、最初にお酒とかかわった仕事をはじめたのは、高校一年生の夏休みに酒類問屋でのアルバイトでした。そして、その冬には、街の酒屋さんでのアルバイト・・・・それからは、夏休み、春休み、冬休みになると、卒業までの間、その酒屋さんでのアルバイトでした。

社会人になり、一時は自分の好きな車関係の仕事につきましたが、これがまた好きなものであったとしても、仕事となると中々、好きではなくなってしまうことに転職を考えているとき、高校の時にアルバイトをしていたお店からのオファー・・・・「俺は、商売人なんて向いてない!」と真っ向から思いつつも、とりあえずは気持ちの上で転職を求めたこともあり、そのお店でお世話になることに・・・・・。

その当時、朝、シャッターを開けるのは私の仕事、そして、仕事内容はまさしくサザエさんに出てくる三河屋さんのケンちゃんのような仕事でした。各家庭を訪問しての御用聞きでした。

その当時は、ナショナルブランドが全盛の時代でした。清酒でいえば灘製品全盛の時代。ビールでいえば、キリン王国でした。けれど、そのお店の店主は発売されてまもなく知名度も低く、世間一般の評価が低いサントリービールを一生懸命力を入れていました。

その当時の自分にとっては「もっと、楽に売れてしまい、お客さんが納得のいくものを売ればいいに~?」なんて思っていました。ギフトでビールということで指名がなければサントリービールでした。そんな中で「サントリービールを持って行った」とお客さんからクレームもありましたね(笑い)
ウイスキーは、サントリー製品が全盛、けれど、その店主はキリンシーグラムに力が入っていました。
その意味が中々解らないまま時間が過ぎていました。

少し時間がたった頃「商いの魅力」が見え始めてきました。
それまでの自分は若いながらも「サラリーマンを続け安定を求めていました」けれど、商いを直視、身をもって感じた中で「サラリーマンには限界がある」「商いには無限大の可能性が秘められている」と感じました。
けれど、そこには自分に挑戦する強い意志と継続と結果が必要だと気づき、それから商いの魅力に引かれて行きました。

そして、若干20歳過ぎで「たとえ小さくても一国一城の商いをしたい」と思い始めます。そして、目標も決めました。25歳での独立・・業種は、酒類販売。
そのために、そのお店で朝から閉店まで三河屋さんのケンちゃんとして一生懸命働きました。けれど、一向に城は見えてこず、そんな時間が流れていく中で、結婚をしました。
そして、それを転機に県下でも大手に属する酒類問屋に転職いたしました。

今度は、商い人相手の商いでした。
若輩者にとっては大変、難しさはありましたが、それぞれのお店なりの商いのスタイルがあり、大変勉強にもなり、自分なりの解釈の中で「自分なりの商いのスタイルを描くようになってきました。」

そして、この頃、本格的に地酒というものにも興味を持ち始めました。
そして、1冊の本を立ち読みしたところから、私の目指すところが見え始めのです。その本は「夏子の酒」という新潟の清泉という蔵元の亀の尾というお酒の復活の実話を劇画化された本でした。

その本を何度も読み直した結果、どうしてもそのお酒を飲みたくなりました。その当時ねインターネットなどというものが全くない時代、書物による情報が頼りで、その思いを抱き、いざ、新潟へ・・・・・現実はそんなに甘ーくはなかった!行ったからといって、出会えるものではないお酒でした。

けれど、何度も何度も新潟へ・・・・そして、色々な酒販店めぐりをしました。
けれど、清泉亀の尾にはめぐり合えず・・・・そんな中で、色々な酒販店の方とお話をさせて頂き、お薦めのお酒を買ってきました。

ご紹介して頂いたお酒を飲むにつれ、今まで勝手な概念で日本酒を見ていた自分が発見でき、日本酒と書かれながらも、利益目的や安く売られる大量生産の工業製品に近い日本酒から、古来から続く伝統的な技と精魂こめて造られた一種、芸術的な日本酒があることを知りました。本来あるべき姿、本物の日本酒の美味しさや良さが見え始め、さらに日本酒の魅力に取りつかれてしまい、それがさらに具体的な「地酒屋」という商いスタイルを確立させていきました。

思いだけは先に進み、すでにこの頃には「地酒みゆきや」という屋号は確立していました。
そのため、地酒に対しての自分の肥やしと今後を見据えた中での仕入れルートの確保なども含めた動きをしていました。

けれど、結婚をし子供3人もいた自分は生活のために日々独立なんて遠い存在となってしまっていることも事実でした。
そして、酒類問屋勤務の中で、またもや転職の機会が・・・・・
今度は、この地域初めての県下で最大手のお酒のディスカウンストアーの取締役兼店長としての立場でした。

今までお世話になった地域の酒販店の方々と真向にライバルとなってしまうことに懸念は有したけれど、やはり、全国有数のディスカウトストアーをめぐりながら、今後の酒類販売の動向をみていると近い将来このようなお店が当たり前になるということから、ディスカウンストアーの取締役兼店長を引き受けさせて頂きました。

ナショナルブランドの流通の裏側の実態をまざまざと見せられた自分は「脅威」の一言でした。
「今まで経験していた問屋価格より安く仕入れているじゃないか?????????」
そして、自らが代理経営、運営、発注、管理・・・・多彩な経営ノウハウを学ばさせていただきました。その反面、「もう酒販店の夢は潰れかけていました」・・・・けれど、そのお店の販売において「地酒コーナー」も設けました。
けれど、ディスカウンストアーといえども仕入れは通常仕入れ。

けれど、地域において「地酒」を本格的に置いている店もほとんどなく、定価通りであっても地酒を求めてくる人がいることにも気づきました。その背景には「安さ」だけではなく「質」を求めるお客様もいるのだということ。
もしかして「地酒屋なら・・・・」そんな可能性を探る日々を繰り返してみました。
地酒を中心とした酒販店なら、まだ生き残れるかも・・・・。

そして、その方向で「酒類小売免許を取ろう」と動く。
けれど、その当時、酒類小売免許取得は大変難しく中々取れない状況でした。そんな日々が続く中で、子供も4人に増えていました。

そして、20歳過ぎに一国一城の城主を志し、早くも10年が過ぎ30歳を少し過ぎた頃、時間のたつ速さに焦りを感じていました。この調子だとあっという間に40を迎えるだろうと・・・・。
その頃から、本気モードになっていきました。

まずは一国一城の城主を・・・そして、地酒のノウハウを少しでも生かすことのできる業種をどこかで模索していました。そんな時、またもや、転職のお話・・・・今度は、生鮮産品も扱うコンビニ兼業務用酒販店での話でした。ちょうど、想いもあって転職することにしました。

そして、飲食業を裏方から覗いてみるとそこには飲食と切っても切れないアルコールの世界があったのです。そして、もうひとつ気付いたのが、この近辺には、本格的に地酒を取り扱っている飲食業がないことでした。

それならば、地酒も楽しめる飲食業をまずは目指し、そして、地酒の美味しさ、楽しさを伝えていこうと・・・けれど、大きな壁がありました。
それは、飲食をはじめるに当たり、まるっきり飲食のノウハウを知らないということです。飲食開業も、多彩なノウハウが必要です。経営ノウハウは、書物で事前に前置きで勉強いたしましたが、実践となる幅広い調理技術の取得が何よりも大きな課題でした。

そんな時、知人の紹介で飲食開業に必要な幅広い調理技術と実践の飲食経営方法を教えて頂ける人をみつけることができ、腹をくくり周囲の反対を押し切り仕事を辞め、子供4人と妻を残して上京し、飲食開業に伴う多彩な経営ノウハウと調理技術を取得する運びとなりました。

これなら何とか開業に結び付けられるかも・・・という小さな小さな自信を持ち帰り、飲食の開業にこぎつけました。
板についていなかった調理技術も、開業してからも今までに知りあってきた飲食の先輩方に色々と教えて頂いたこともあり、日々の積み重ねにより上達もしてきた中で、飲食は何とか順調に育っていき地域において、ひとつのお店として認めて頂けるまでになり、また、2店舗目も出店させて頂けるまでになりました。

また、その頃、少しずつではありますが地酒に対して興味やご理解を頂ける方が増えてきた中で、「やはり飲食での地酒の値段はお手頃とは言えない!もっと、身近にお家でも気軽に飲むことをしてあげられたら」・・・そんな思いがますます強くなるばかりの中、やはり「地酒みゆきや」という思いは強くなるばかり・・・・そして、もう一度、酒類小売免許取得を目指すことに・・・。
けれど、何度かチャレンジするもののあいもかわらず酒類小売免許取得は難しいもので思うようには許可をとれませんでした。

けれど、世の中に「自由化」という風が吹きこんできた中で、酒類小売免許を取得できるチャンスが生まれたのです。一国一城の城主となって8年目のことでした。ついに願望の酒類小売免許を取得できる運びとなりました。

けれど、人口3万人というこの街で果たして地酒屋は成り立つのだろうか?そして、地酒という特殊な流通形体をクリアーでき仕入れが可能なのだろうか?という大きな二つの壁が見え始めました。

お店については、まずはお店が存続することを考え、倉庫も店舗も含めて6畳一間(3坪)というお店ではじめることにいたしました。店の中には、リーチインショーケースが3台入ってて、リーチインショーケースのドアを開いたら人が通れないくらいの狭さで、1組づつしか入れない小さな地酒屋でした。「こんな酒屋全国にもないだろう」という超ちっちな地酒屋でした。(今だにその頃からお付き合いして頂いている県外のお客様も多数いらっしゃいます。)

そして、仕入れルートについては、今までの酒類業界で知り合ってお取引をさせて頂いていた数社、また、実績もなくそれでも私の情熱と思いだけを信じて頂きお付き合いして頂けた地酒卸問屋様、そして、県外、県内の蔵元様などが、どうなるかもわからないこの「地酒みゆきや」にお力添えを頂きました。

そして、開業から間もない頃、県内の蔵元さんも、もう少し増やそうということで、声を掛けさせて頂いたのが高垣酒造の高垣さんでした。その頃の龍神丸は県内特に紀南では蔵の名前さえまだまだ知られていない時代でした。そして、わざわざ、新宮まで高垣さんは龍神丸のサンプルをもってご来店頂きました。

その時、試飲させて頂き驚きました。「こんな良い酒、地元和歌山にあったのか!」と・・・・。その頃の龍神丸は、まだまだ、無銘のお酒でした。けれど、いつかスポットの当たるお酒になるだろうと信じて一生懸命お客様にお勧めして参りました。
けれど、石川雅之さん(もやしもん原作者)と高垣さんの出会いから思わぬことになってしまいました。

みゆきや開店から、1年あまり・・今では以前の6畳一間(3坪)というお店から10倍の広さのお店に移転することもできました。これも地域をはじめとするお客様、また当初よりネットという媒体の中でお付き合いをさせて頂いているお客様のお陰と感謝しております。

そこで甘んじず、どのように皆様に還元させて頂くかということをさらに真剣に考えていかなければと思っています。

アルコール飲料は、多彩な品種がある嗜好品です。
お一人お一人によって多彩な物差しで満足があり、また、飲み方や保存方法・・・それぞれによってお客様の満足度も違ってまいります。

当店は、よく見かける単に商品だけが並べられている酒屋(販売商い)ではなく、調理人のはしくれとして、また業界30年余りの自らの経験を基にしたノウハウを生かした≪経験商い≫の酒屋として多彩な角度からのアルコール飲料の楽しさ、奥深さ、心の癒しと安らぎを伝え、真のサービスとしてお客様の楽しいアルコールライフの幅を広げて頂けるように、今後も努力して参りますのでよろしくお願いいたします。

そして、それが名もなく、信用もなく、実績もない、「みゆきや」とお付き合いして頂いていた蔵元様をはじめ、納入卸様に対しても、今後どれだけの時間がかかるかはしれませんが、これまでのご恩をお返しできる基となるものと思っておりますし、今まで地域で働かせて頂いたお店、会社があっての今の自分だということもいえるでしょう。そろそろ、できる範囲の中で、地域にも何かお返しできることを小さいながらでも考えていかなければとも思っています。


サイトカレンダ

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